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岡山地方裁判所 昭和45年(ワ)145号 判決

原告

宇喜多利津江

ほか二名

被告

下津井電鉄株式会社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告らに対し、一五〇万円宛およびこれに対する昭和四五年三月一三日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、次のとおり主張した。

一、訴外岡根秀は、昭和四三年一月三〇日午後九時一五分頃、倉敷市児島下之町一丁目常盤橋西路上において、被告所有の大型バス(岡2八三七五号)を運転して西進中、折から原付二輪車を運転して対向東進してきた訴外宇喜多晋に衝突した。

二、右事故で訴外晋は頭蓋骨骨折、頭蓋内出血、脳挫傷、両下腿開放性骨折、左後頭部挫滅創、巨大皮下血腫、左耳出血、鼻骨骨折の傷害を負い、よつて同年二月八日午前五時三〇分頃、同市所在松田病院において死亡した。

三、被告は、旅客運送業を営み、訴外岡根を雇傭して運転の業務に就かせているものであるが、本件事故車たる前記大型バスを右岡根において被告の業務執行のため運行中に本件事故は生じたものである。

四、原告利津江は本件事故の被害者晋の妻、その余の原告らはいずれも同人の子である。

五、(一) 晋は、大正一四年三月一七日生れで、厚生省第一一回生命表によれば、本件事故当時なお二九年生存しえたはずであるところ、当時倉敷市役所児島支所衛生課に勤務しており、本件事故がなかつたならば、昭和五八年四月一〇日(五八歳)まで引きつづいて勤務しえたと言えるのであつて、本件事故後である昭和四三年四月一日から昭和五八年三月三一日までの間、晋が取得するであろう給与は別表のとおりで、これが三割を生活費として控除した残額から、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出した額が晋の通常給与額関係の事故時における逸失利益ということになる。

また晋は右期間中毎年期末手当、勤勉手当として、該当年次の給与月額の一〇〇分の四四〇の割合による手当を取得すべきはずであるがこれについて前記同様の計算法を用いて算出した額が晋の手当給与額関係の事故時における逸失利益ということになる。

さらに晋は、前記勤務に就いたのが昭和二九年四月一〇日であつたから、同五八年四月一〇日まで勤務したとすれば、勤続二九年ということになるからこの退職時に受領しうべき退職金の額から、晋が本件事故による死亡で退職したときに取得した退職金七一万円を控除した残額から、前記同様の計算方法を用いて算出した額が晋の退職金給与関係の事故時における逸失利益ということになる。

以上の次第で各逸失利益額を合計した九四七万一五三四円が晋の全逸失利益であつて、同人は同額の損害を蒙つたわけである。

(二) 原告らは、亡晋の被告に対する右損害の賠償請求権を法定相続分の割合にしたがつて、三分の一宛相続した(なお、原告らは、晋の死亡によつて、三〇〇万円相当の精神的苦痛を蒙り、かつ、当時葬式費用として一万五〇〇〇円、本件訴訟をせざるをえなかつたことによる弁護士委任費用として三万円を出捐し、これら同額の損害を受けたが、もつとも自動車損害賠償保障法による強制保険給付金三〇〇万円を受領した。)ので、そのうち一五〇万円宛およびこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和四五年三月一三日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を被告に対して求めるものである。

六、被告主張の二の事実を争う。本件事故は訴外岡根が前方を注視して安全に運転すべき注意義務を怠つた結果発生したものであつて、被害者晋には運転上の過失はなかつた。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、次のとおり主張した。

一、原告ら主張の一ないし四の事実中、訴外晋の受傷の部位程度の点を除き、その余の事実は認める。同五の事実中、晋の年令に関する事実を認め、その余の事実は争う。

二、本件事故発生にいたる経緯は次のとおりである。

訴外岡根が本件大型バスを運転して、事故現場手前(現場の東方)を約三〇キロの速度で西進していたさい、前方から対向してきた被害者晋の運転する原付二輪車を認めたが、同車は道路中央を東進してきており、やがてハンドルを右に切り、岡根車の進行方向に向つて左側の車線に入り、その左端をそのまま対向進行してきたので、右岡根は晋運転の車両が安全にすれちがいうるよう自己進行方向の左側をあけるように該道路の中央付近に自己の車両をよせて進行していたところ、両車互に接近するや、突如として晋運転の車両がそれまでの進路を変えて左にハンドルを切り、該道路中央に時速約四〇キロの速度で突込んできたため、岡根は危険を感じ、突嗟に警笛を鳴らすとともにハンドルを右に切り、同時に急制動をかけたところへ、晋運転の原付二輪車がそのまま激突してきたものである。訴外晋は本件事故直前藤森飲食店等でビール、ウイスキー、ブドウ酒等を飲み、酩酊の状態のまま車両を運転していたものであつて正常な運転をなしうる能力を有していなかつた。

以上の経緯で明らかなように、本件事故は被害者晋において安全運転すべき注意義務を怠つたその一方的過失によつて生じたものであり、訴外岡根ならびに被告にその車両運行上の注意を怠つた事実のないものであつて、なお、当時被告の車両に機能、構造上の障害、欠陥はなかつた。〔証拠関係略〕

理由

一、原告ら主張の一ないし四の事実中、訴外晋の受傷の部位程度の点を除き、その余の事実は当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、右晋が死亡するにいたつた本件事故による受傷の部位程度が原告ら主張のとおりであることを認めることができる。

二、〔証拠略〕を綜合すれば次の事実を認めることができる。

訴外岡根秀は、原告ら主張の日時、場所において、被告所有の大型バスを運転して西進中、本件事故現場の手前(東方)に時速三〇キロぐらいの速度で差しかかつたところ、折柄西方約五、六〇メートルの地点の道路中央を東進対向してくる晋運転の原付二輪車を認めたが、該二輪車はハンドルを右に切つて、岡根車の進行車線に入つてきて、あたかも岡根車進行方向に向つて左側の脇道に曲つてゆくかのように見えたものの、そのまま該道路の左端(晋車の進行方向に向つて道路右端)を東進してきたので、これと安全にすれちがうように、当時他に対向車もないこととて、自己の運転する大型バスを該道路(道路幅は七・四メートル)中央付近に寄せて、進行方向左側をあけるよう配慮しつつ、そのまま進行した。ところが両車が約二〇メートルの距離に接近したとき、晋車は突如としてハンドルを左に切つて、岡根車の進行していた道路中央をめがけて時速約四〇キロの速度で突込んできたため、岡根は危険を感じ、突嗟に警笛を鳴らすとともに、ハンドルを右に切り、同時に急制動をかけたところへ、晋車がそのまま激突してきて、原告ら主張の本件事故が発生した。

なお、訴外晋は本件事故直前、藤森飲食店等で、ビール、ウイスキー、ブドウ酒等を飲み、酩酊のまま運転していたものであつて、正常な運転のできにくい状態であつた。

以上のとおり認められる。これに反する証拠はない。

右事実によれば、本件事故は被害者晋が、車両を運転するにあたつて、前方を注視し、安全に運行しうるよう注意すべき義務があるのに、酩酊のためこれを怠つたことに起因して発生したと断ずるのほかなく、訴外岡根の運転上の措置に何ら責むべき注意義務違反の事実は存しないと言うべきである。したがつて、また、被告が本件大型バスの運行に関し注意を怠つているとは言えないし、〔証拠略〕によれば、右車両に構造上の欠陥または機能の障害はなかつたと認められるから、被告は本件事故によつて蒙つた訴外晋や原告らの損害につき、これを賠償すべき義務を負ういわれはない。

三、以上の次第で、当裁判所は、爾余の判断をするまでもなく、原告らの請求は失当として棄却すべきものであると考え、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 裾分一立)

別表

〈省略〉

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